このニュース以外にも、コンビニ、GMS、アマゾンなど流通系のニュースに触れると少し興奮するタイプです。どうやら流通論がことのほか好きなようです。
さて、周回遅れのこの話題。カスタネットも「二個待つ」が好きだったので、報道も次第に減ってきた今こそ、備忘録として三越伊勢丹のお家騒動社長交代を傍から見ていて感じたところをメモしておこうと思う。
傍目と言いながら、三越伊勢丹HDはじめ大手百貨店、アパレル等のファッションビジネス系の方にマーケティングコミュニケーションやデジタルマーティングについて講義させていただく機会もあるので、「中の人」では無いけれど他人事と割り切ることもできない微妙な想いを込めて。
1.社長交代のトリガーについて
報道を見る限り & その界隈に詳しい方に聞く限りでの個人的な見解として、大西社長退陣の背景として記事に出ていた以下のような理由があまりにも(;´д`)トホホなので、コメントするに値しないのですが、記述目的で残しておきます。
- 労組が反旗を翻したとかいう件
正直、自分の人生で労働組合に関与した事が無いので、その存在感とか影響力を肌感覚としては分かっていませんし、これが事実かどうかなんて藪の中ですので語るべきでは無いですが、少なくとも経営戦略は労組の要求に勝る場合があってしかるべきですね。労組は経営に責任持てませんが、経営者(役員)は経営に責任持ってますから。(だからといって労組が要らない、とかいう話ではなく。労働者の権利もとても重要です。) - 中間管理職が離反する等
これも、「ザ・週刊誌」な感じです。言葉通じるんだし会話しなさいよ、と。マネジメントの端くれとして社長に直談判できないならマネジメント辞めた方がいいと思うわ。下の人がついてこないよ。 - 矢継ぎ早の施策に現場が疲弊
これは少しリアリティのありそうな話なのですが、ここで注意しておきたいのは、一連の改革の発端となっている問題意識は2008年の統合直後から出ていた話であって、それが具体的に事案として動き出したのがここ2-3年の話です。
下図は2010年のAnnual Report と2016年のAnnual Report に出ている戦略の説明をしている図を切り取りました。(サイズ小さくて読みにくい方は各年度のIR Reportをご覧くださいまし)
要は2010年の時点で「顧客接点の再強化」、「成長事業の育成」という論点が出ています。なので、「大西さんになって色々と多角化が進んで」というのはミスリードかな、と。
もともと「何とかしないとね」と言ってきたのに2014-2015年あたりまでの5-6年殆ど「攻め」の打ち手は打てていなかったように見えます。それまでの間にやるべきこともしてきたと思いますが、客観的にみると時間かかり過ぎたよなぁ、と。
これは各年度のAnnual Report を読んでいただくと「あれ、何年度版を読んでいるのだっけ? 」という錯覚に陥りますのでお時間に余裕があるか、業界に興味がある方はぜひお試して頂きたい。
下図はこれまた小さいですが、2009年時点での「百貨店を取り巻く環境」の悪化にどう対応していくかをまとめたもの。
非常に当たり前の事を書いています。嫌味ではなくて客観的に分析はちゃんとしていると思います。中でも「お客様との関わり合いのシェアを広げ、お客様のライフタイムバリューを最大化させる」という件に今に至る方向性が示されています。この「関わり合いのシェアを広げる」というのはWidth と Depthの両方を取っていくとも理解できるので欲張りではありますが、この分析から導き出される結論としては理解できます。
繰り返しますけど、これは2009年ですからね。書いたのは誰ですか? って話。方向性定めたら執行して評価して改善しての世界なはずですが、まるで大西さんがひとりであちこち手を拡げたような報道はちょっと違うように思える訳です。少なくとも責任を一人にかぶせて終了って、明らかに気持ち悪いです。
そういう意味では、こういう現状分析からの中期戦略~実行計画に至る青写真が現場に浸透していなかったのであれば、後任の杉江さんがコミュニケーション不足について言及している点も理解できます。(それは管理職の仕事だと思いますが)
2.業績と実績の確認
・退任理由
表向きは業績不振の責任という事になっているようです。
百貨店大手、三越伊勢丹ホールディングスの大西洋社長が、業績不振の責任を取って退くことになった。ネット通販の台頭などで、百貨店業界の売上高は最盛期の9兆円台から5兆円台まで縮んだ。生き残りのためには各社とも抜本的な構造改革が必須といえる。
なので業績を確認してみましょう。
なんか、退陣するほど悪いパフォーマンスじゃないよな、とだけ書いときます。
・大西社長時代の成果
大西社長は改めて百貨店の原点に戻り、都心の基幹店で最先端の流行情報を発信したほか、他店との同質化を避けるため独自商品を開発するなどの策を打ったが、実を結ばなかった。
(百貨店は生き残りに向けて構造改革を :日本経済新聞より)
ここまで過去のAnnaul Report を舐めてきた感想で言うと、方向性は決して間違ってないと思う。
- 顧客とのタッチポイントを増やし
- データは外部連携も含めて活用し
- 地域店舗はドミナント戦略を取り
- 百貨店以外の小売や専門店に磨きをかけ
- 基幹店(新宿・銀座・日本橋)のポジションを明確にする
これらは普通に考えたら出てくるアイデアで、それ以外の新規事業に関しても、「お客さまの生活の中のさまざまなシーンでお役に立つ」を掲げているので、トライ&エラーは過程において必要でしょう。
私はそのように考えるので、上で引用した日経の「実を結ばなかった(ことも退任につながる要因)」という見方には違和感があります。
こうやってみると少しずつ新しい芽が育ち始めていたようにも見えますけどね。。。*1
3.新社長の方針から想定されること
今回の退任騒動を経て4月1日から杉江社長の体制でどのような舵取りをしていくのかはこれから詳細が出てくると思うけれど、記事から拾えるポイントとしては以下。
- 経営戦略の基本的な方向性は変えず構造改革に本腰を入れる
- グループ内の役員や中間管理職といった「現場との対話」を重視
- 風通しが良く従業員が働きやすい環境作り
- 「百貨店は素晴らしい事業モデルだが今の時代に対応できていない」とし、事業の選択と集中を更に強化
- 百貨店事業以外では、不動産を最大限に活用
- 大西社長からは兼ねてから「経営戦略を任されていた」ということもあり、トラベルや飲食、ブライダルといった事業も継続
- 大西社長と異なる戦略としては 成長戦略ではなく構造改革から推進するなど経営の優先順位を変える。
参考:
三越伊勢丹HDの次期社長が初会見、杉江俊彦「社内の対話を大事にしたい」 | Fashionsnap.com
広げた風呂敷を一気に畳むのは元経営戦略担当として出来ない相談ってのもありますが、元々描かれていた方向性自体が「社長を更迭しなければならない程の悪手」だとは思えないので、そこは継承しつつ「百貨店事業の選択と集中」をしながら資源配分を見直す過程では「現場との対話」をしっかりとやりながら上手く進めていきたい、という所のようです。
ただし、「成長戦略ではなくて構造改革から推進する」というのは優先順位の事を言っているのかもしれませんが、これらはものごとの裏表だと思うので何を言わんとしているのかはよく理解できてません。
4.百貨店の行く末
これだけ消費者内多様化が進み、所得階層の分離が進んでいる時代において百貨店が果たすべき役割というのは「売り場」では無くて「体験」や「出会いの場」として多様な消費者のライフスタイルを支援する事だと思うのですよ。(※少なくとも伊勢丹では旧来の外商偏重の百貨店業界が「売り場」を軽視する文化があったことから脱却して「お買い場」と呼ぶような気風があったようです) *2
ただ「お買い場」にせよ「売り場」にせよ、今の時代には微妙に合わない。何故なら自分達のビジネスを「買い物」に関連付けている限りは社員の思考回路は変わらないと思うのです。
オムニチャネルを引き合いに出すまでもなく「顧客中心」であることが今の時代の前提条件なので、最終的なお買い物をどこでするかはお客さんの問題です。タッチポイントを増やしていくという事は、お買い物以外の局面が増えていくという事ですし。そこの意識改革というか社風の改革が一番の難題な気がします。特に今回の一件で新しい取り組みに対して萎縮するような空気が社内で醸成されてしまうと、志ある人の離職という悪いパターンも予想されますので、マネジメントの方は椅子取りゲームとかしている場合ではないっすよ。
現代において駅前の一等地という地の利を活かして収益化するにはどうするか。こんな楽しい課題が目の前にあるので、ここまでドタバタしたのであれば開き直ってこれまでプライドが邪魔して出来なかったことを始めてみる良い機会だと思いますよ(棒)。
以下に無責任な案を書き連ねておきます。条件は三つのどれかに該当するもの。
- 今の時代に必要な社会インフラ
- 他の流通業では参入しにくいこと
- 「百貨」を名乗る以上は多様なライフスタイルを支援するもの
- 託児所や学童など「お財布」が立ち寄るサービス
→ SCとは違うのです、とか言ってる場合では無い。やり方工夫するべし。 - 「物販」から少し離れて、その土地の価値や魅力と呼応する場づくりをする
→ 企業が多い町ならオープンなラボで発信する場づくり。
→ 昼間人口が多いならコワーキングスペースとか人が交わる空間の提供。
→ 感度の高さなら渋谷のコクーン、六本木ヒルズの図書館から学ぶ。
→ ビルボードライブやCOTTON CLUBのような大人が立ち寄れる場所。 - 1フロアにつき1つのライフスタイルを徹底追及したフロア設計にする
こういう適当な発案を全部テナントで賄おうとすると単なる雑居ビルになってしまうので、そこに三越伊勢丹としての一貫性みたいなものをどう表現するかがセンスなんですけどね。その意味でセゾングループは突き抜けていたと思う。
私は「百貨店」という業態が世の中に不要だとは思っていません。なぜなら「品質と品揃え」というのは消費者にとっても好ましいものだからです。では何故、苦しむのかと言えば、それは時代の変化に適応できてないから、に尽きます。もう少し細かい粒度で言うならば、「品揃えそのものを誇られても消費者にとっては選択の手間が増えるだけで負担になる」という部分を勘違いしない事かな、と。
"Omnia Omnibus Ubique" (あらゆる商品を、あらゆる人々へ、あらゆる場所へ)というHarrods のモットーを引っ張りだすまでもないですが、今、世の中でこれに一番近い事を実現しているのはアマゾンです。ここをしっかり研究した方が良いと思います。
参入障壁が低い書店からスタートして、技術の進化を自らの事業に取り込み、ロジスティックスへの投資を続けてアマゾンは今の状態な訳です。この先、彼らが本腰入れてリアル店舗を始めたら、と思うと既存の流通業は本当に大変です。
Who, What, Why, How で考えた時に、自前のロジスティクスも無く、技術進化をリードする資源にも恵まれていない訳ですから、提案力で勝負するしか無いわけです。でも消費者が多様化した現代に画一的な提案力では機能しません。だから、自らの立っている土地を見つめなおすのがいいんじゃないのかなあ、というのが上記の適当な案の背景にはあります。
土地との関係性を深くしてしまうことはある意味で装置産業化していくことにもなりますが、その視点で考えるとこのフロア構成はどうなんすかね。。。
(ソース : 伊勢丹新宿本店のフロアガイドより)
前にも書きましたが、
takao-chitose.hatenablog.com
ベビー・子供服が6Fという理由が想像出来ません。おなかの大きい妊婦さんや、ただでさえ荷物が多くなりがちな幼児を連れて6Fまで上がるのがどれだけ面倒臭いか考えた事あるんだろうか? 上まで行って降りてくる回遊を想定しているんですかね? これ気になるから調べてみようっと。
4.さいごに
本稿では全体的に大西さん擁護なトーンになっているかもしれません。が、そういう意図は無くて、今回のお家騒動社長交代の経緯のそこかしこに「残念な感じ」が溢れていたので、そこを見つめていたらこういう風になっただけです。
今回、2008年以来の三越伊勢丹HDのAnnaul Report を全て読んでみました。読んでいる内に「合併しない方が良かったんじゃないの? 」という想いが湧いてきました。
最後に流通業界の重鎮、前ルミネ会長の花崎淑夫氏さんの公開質問も記録としてつけて駄文を〆たいと思います。
*1:2016年3月期については本稿執筆時点での予想