軽めの仕上がり (はてな編)

Curiosity is the most powerful thing you own.

炎上はフレームワークが機能したおかげ? 電通 PR IMPAKT(R)に学ぶ。

 今回は、全くタイムリーでは無いお話。

 今年は例年に比べてTVCMの炎上が多い気がする。その度に、「こうなる事ぐらい分からなかったの?」という違和感と「そこに目くじら立てちゃいますか」という受け手のヒステリックな反応が気になる事例も散見したので、まずは作り手側の内在的な論理を理解してみようかと。

電通グループは世界5位の規模である

 TVCM、国内広告市場の主と言えば電通だ。
 今さら改めて言うまでもなく電通は大企業である。2013年に実施したイギリスのイージスグループ買収を梃子にしてグローバル展開を加速している。
 2016年時点で国内売上が47.5%なので、比率的には既にグローバル企業に変貌した、と言っても差し支えない。
 広告会社の規模で比較すれば世界5位にランクされるスケールを持つ。広告代理業という業種の出自が欧米である事を考えると、成長余力のあるアジア市場を代表する企業とも言える。サービス業の世界でこれだけ世界シェアを取っている日本企業は多分、存在しない気がするので、この点は素晴らしい発展ぶりと言える。

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 そんな電通が関係している*1と思われる日本企業のコマーシャルで炎上が今年は続きました。
 欧米企業での経験上、マーケティングコミュニケーションにおける表現方法に関して、性的な要素や子ども*2の取扱いに関してはとても敏感な環境で働いた期間があるので、今回取り上げているサントリーや宮城の夏のようなストーリーが出来上がってしまう過程には関心があります。欧米企業でああいった内容のカンプを出した場合、想定される事態は、上司が私の目を見つめて、

"What will be a single message to be recalled? "
(意訳:「で、結局、何が言いたいの?」)

とか尋ねられそうです。(と、同時に嫌な汗が背中をつたう。)
 そういった感覚を持っている視点で、こうしたアウトプットが出てきた内在的な論理を想像してみる、というのが本稿の主旨。
 したがって、個々のコマーシャルの表現内容に関する論評や是非(クリエイティブとしてどうか) は主題ではなく、あくまで「一連の炎上はどういった論理で説明できるのか」が中心になる。 

ピックアップしたのは以下のCM及びPR動画

  1. サントリー「頂」
  2. 牛乳石鹸 (関西支社)の(「水に流そう」)
  3. 涼・宮城の夏( 仙台・宮城観光PR動画における壇蜜のあれこれ)
  4. ユニ・チャーム「ムーニー」 (ワンオペ育児賛美か否か)

 これらがどのような内容で炎上し、消費者・視聴者側の反応はどうだったのか、といったあたりの話は以下記事に詳しいのでリンクだけ。既に昔話のいき

各事例を分類する

  考察の第一歩として、今回取り上げた炎上の分類を田中・山口のモデル*3 を拡張して整理してみたのが下図「炎上事例の分類」だ。  

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表の見方

 「誰が」という主体については「法人」に含まれているが、マーケティング活動の性質上、中間に存在する企業(=代理業)が介在するケースが多く、今回取り上げている例でも企業の中の人の単独事案というよりはスキームとして発生していると考えられるので、「代理人」というものを追加してみた。金を出す、創る、承認する等、プロセスに関与する関係者が多いと推測できるので、そこを明示的に書き分けた次第。

 「何をしたか」と「対応」に加えて、「発信目的」と「問題点」を追加。もともとの真意はどこにあったのかを外野が特定するのは困難だが、コミュニケーション自体から類推される企図は把握できる場合もあるので、どのような方向性のコミュニケーションであったかを分類する事はある程度可能と考える。続けて「問題点」については本稿の目的に則して「どのような指摘がなされているか」ではなく、「どのような要素が高揮発性だったのか」を私見でコメントしている。

マーケティング目的で二つに類型化

 さて、コマーシャルである以上、そこには何かしらの意図があり、届けたい対象がいて、引き起こしたい変化があるはずである。(あるはずである、と私は思いたい。)
 そのきっかけとしてのクリエイティブである訳だが、今回取り上げている事例においては、その目的を次の2パターンに類型化出来るのではないかと考えている。

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「問題提起型」

 今回の例ではユニ・チャームであり牛乳石鹸である。
 ユニ・チャームに関しては主たるターゲットである「お母さん」が直面しているリアリティを映し出して、「やがてその努力は報われるから一緒に頑張りましょう」という共感を示しつつ、夫にもその現実に理解を促し、「出来ることは無いか?」と暗に問いかけるような副題も透けて見える。(私には)

 牛乳石鹸に関しては、同社曰く

どこにでもいるようなお父さんのなんでもない1日を描いたもので、淡々とした日常とその中に存在する「親子、絆、子育て」というお父さんが直面する悩みに対するメッセージが隠されています。

という事で、「石鹸=お父さん」という関係性が消費者の中にどの程度確立しているかは考えずに、父の日に合わせて現代のお父さんの迷いを表現し、気持ちに寄り添ったという訳だ。
 この見立てが正しいとすれば、ユニ・チャーム、牛乳石鹸の両社に共通する点として次のようなことが指摘できる。

  • ターゲットインサイトを両社ともしっかり掘り下げている
  • その事に対する自らの姿勢やオファーをはっきりと提示している
    (「やがて報われる」と「洗い流そう」というコピーに如実に現れている)
  • 表現の中心に妻か夫を置きながらも「家族」を映し出している

 それ故、明確に絞った主張というものはそれと相容れない人の琴線を刺激するし、それがデジタル社会の特性として瞬く間に延焼する事は避けられない。それでもCMを取り下げなかった両社の意思と意図を忖度すると、企画の段階でポジネガ両面の反応がでる事は織り込まれていたが、それでも「今、そこにある現実」をたたきつける事でエッジを刻む方法を選択したのではないか。

 

「話題追及型」
 次に「話題追及型」と分類したサントリー「頂」と宮城県観光PRだ。
結果的に下品なCMとして見事に炎上しており文字通り「話題追求型」に分類できる。実際、関係者の証言*4からも明らかなように、話題に上る事が第一義であったようなのでその目的は果たしていると言える。つまり大成功のはず。両社に共通しているのは、

  • 金はそこそこ掛かっているつくり
  • 絵づくりが下ネタ漫画やAVか、というぐらい明け透けでひねりが無い
  • CTAらしいものがない(「期間中に飲んだ量でCMで取り上げた地方にご招待」とか「国分町に壇蜜のお店が期間限定でオープン」など) ので、良くも悪くもマーケティング施策としては寸止め感がある

といった点が指摘できる。

 確信犯として話題作りを狙ったのであれば、結果的には動画を取り下げる判断をしたのは悪手だ。どうせ下品なCMで話題になるのであれば、多少の非難には動じずに太々しく出し続ければよかった。

 もっとも、取り下げた経緯に「同社の他ブランドに類が及ぶ危険性」など局地的な話題では済まなくなった可能性がある事などは推測できる。自治体のCMはとりわけ原資が公金で賄われているだけに「悪乗りしすぎ」という批判にさらされると弱い。

 「話題追求型」の欠点は、この周囲の巻き込みだろう。開き直ったようなワイルドかつボールドなアイデアも、あちこち根回ししているうちにマイルドになってしまう事は大企業によくある風景だ。多少のマイナスの反響より、失笑を買ってでも話題になる事を優先できるのはポジショニングで言えばチャレンジャー、ライフステージで言えばスタートアップに向いている手法であり、大企業や公共サービスには手が出しにくい手法だろうと思う。

電通PR発案のロジック IMPAKT(R)で炎上したCMを考える

・Impakt Design にみる電通の考え方

 冒頭で書いた通り、電通は大企業であり、ここで取り上げている広告主も大企業あるいは自治体という管理機能を有している組織体である。そうした組織がこのような活動に及ぶには背景となる論理があるはずであり、そこで私が気に留めたのがグループ会社である電通PRが標榜するImpakt Design(R)という考え方だ。

PR IMPAKT® - PRについて|PR会社|電通PR

 同社のWebに基づいてポイントを整理してみると、

PR IMPAKT®とは、PR視点IMC戦略の効果を最大化するプログラムです。
このプログラムの最終的なゴールは、「全てのキャンペーンのニュース化」です。

赤字下線は筆者による

で、赤字にした部分を同サイトより補足すると、

  • PR視点
    「メディアにいかに取り上げてもらうかを考える」こと
  • IMC*5戦略
     これまではいかに企業が言いたい事を「言う」かに注力してきたが、消費者が身の回りの意見に行動を左右され、みずからもメディアをもって発信するようになった環境(つまりつまりCGM)においては、いかに「言いたくさせるか」が大事ですよ、という考え方。
     IMCの系譜に従うとバイラル・マーケティング・コンタクト*6で論じられていたあたりを現代的に解釈していると言える。

 つまり、メディアに「こちらの言いたい事を報道させるように仕向ける事がPRの役目だとしたら、不特定多数の消費者に「こちらの意図した事を思わず誰かと話題にしたくなったりするように仕向ける」事もセットでコミュニケーション戦略を練る事で、車の両輪のように相互にエコーして増幅していく効果を期待していると解釈できる。

 

・PR IMPAKT(R)の構成要素

 ここまで書いてきた事は世のマーケティング属性の人であればさして目新しいコンセプトでは無いと思う。ただ、これを「プログラム」として様々なクライアントに適用していこう、という所が広告代理店(のグループ企業であるPR代理店)としての優れた機能でもある。
 つまり、ある企業に固有の優れたエグゼキューションの話であれば、一子相伝の企業秘密があるか、素晴らしい力量を持った個人の成果で完結するが、そうではなく、応用可能で再現性があるものに仕立てるところに代理店としての価値があるんです、という話。

 曰く、PR IMPAKT(R)とは二つの要素があるそうで。 

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  なぜ、"C"ではなく"K"なのか、とうのも理由があります。
てっきり「(R)登録商標にする為でしょ」とか軽く見ていたのですが*7、実はコンセプトの頭文字でした。

  • Inverse ---逆説、対立構造
  • Most --- 最上級、初、独自
  • Public --- 社会性、地域性
  • Actor/Actress --- 役者、人情
  • Keyword --- キーワード、数字
  • Trend --- 時流、世相、季節性

 ほんと、色々考えますね。関心します。
このIMPAKT という要素を二段階に分けている。
・Designするのが「事件をつくる」

・それをSharingさせるのが「騒ぎを広げる」
という事になるそうだ。

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 あまりにも素直に「事件をつくる」、「騒ぎを広げる」と書いてあることに驚いたが、このフレームで上記の炎上例が説明できるのであればやってみようという事で、ここでは電通制作という事が明らかな「頂」だけ試してみた。

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  電通PR凄い。それなりにはまってる。
 打ち出したコンセプトに併せて実案件を設計し、結果として「事件」化、「騒ぎを広げる」事に成功している。この「頂」案件についてこのフレームワークを当てていたのかどうかは知りません。ただ、当てはめてみたらそれなりにはまったのは事実。
 そう考えると、BuzzFeedの取材に応じた電通社員の発言も妙な納得感が。。

「ウェブなら、燃えたほうが話題になるので、炎上スレスレ。または炎上狙いをすることがあります。普通のウェブコンテンツって全然アクセスがないんです。商品の広告をわざわざ見る人はいないので」

ネットでは炎上でも何でも、話題になりさえすれば、コンテンツは次々と拡散される。TwitterやFacebook、ネットメディアも取り上げる。
「それで結果的にたくさんの人が見る」ことを狙うという。

 当時、この記事を読んで「アホじゃね? 」と思いました。ただ、こういうフレームワークが背後に控えていて、それを関係者がしっかり念頭に置いているとすれば、こういう発言も出るわな、と。同記事では冒頭に、

炎上した動画の制作担当者を知る同僚は「『炎上やむなし』という感じだったようだ」と話す。 

とあります。これを読んだときは制作担当者が

嫌な予感はしたし、反対もあったけど色々あってあれで進めたらやっぱり炎上してしまった。しょんぼり😞」

というニュアンスかと思ったのですが、もしかすると、

 「炎上上等。そりゃなる事も想定してやってますわ。( ー`дー´)キリッ」

という感じなのかもしれない、と邪推し直した次第。

 このフレームワークを知っているマーケティングの責任者、担当者の方が「弊社にお任せいただければ事件を作って騒ぎを拡大する事も出来ます」というPR代理店に自社のPublic Relation を委ねるかどうかは個々の判断。
 もし、このフレームワークが今回のキャンペーンのベースに組み込まれているのであれば「キャンペーンの起爆力・説得力・伝播力をパワーアップするお手伝い」というコミットメントは見事に果たしているし、お手伝い以上に起爆・伝播した訳で、その意味で道具は使い方次第とも言える。(説得力については一部に強い共感を呼ぶ事もあり得る、という意味では成立しているかもしれない。)

まとめにかえて

 このIMPAKT(R)については、以下の理由で私はやや懐疑的。

  • 未だに消費者を操作しようとしている発想に見える点
  • One and DoneよりもAlways on、シングルチャネルよりオムニチャネル、といった形で継続的・横断的・相互作用的な関係構築を志向したマーケティングを良しとしている私にとっては違和感があるコンセプト

 が、ここまで振り切らないとダメな世界も世の中にはある、という事を知っておく良い機会になりました。 

 広告主側が作成すべきブリーフ資料が公開されていれば、それをレビューする事で「こういう風に頼んだらこう仕上がりました」という俯瞰が出来るし、関係筋や専門家による議論も成立しそうですが、そんな事は普通は起こらないので、外野は想像力を豊かにして推論して自分の血肉にするしか無いんだろうな、と。

 ぜひAd Techとか広告・マーケター界隈のイベント主催者の方はそういった材料をNDA前提のラウンドテーブルに引きずり出して頂いて、真剣に議論するような機会を作ってもらいたいと思います。有償でも参加してみたい気はします。

 

 

*1:今回取り上げている事例のすべてが電通扱いかどうかは不明ですのであくまで推測です

*2:日本のアイドルタレントの多くは「子ども」と見なされる

*3:田中・山口(2016)「ネット炎上の研究 誰があおり、どう対処するのか」26 勁草書房

*4:サントリーのビールCM炎上の舞台裏 電通社員「炎上を狙うことがある」

*5:IMC---Integrated Marketing Communicationの略。日本語だと「統合マーケティング戦略」と訳される。様々なメディアを融合することで、マーケティング・コミュニケーションの効果を最大化しようとする考え方の事

*6:ドーン・イアコブッチ、ボビーJ.カルダー、(2003)  統合マーケティング戦略論、ダイヤモンド、332

*7:だって、"K"って野球だと三振だし、印刷用語だと「黒」だし、なんかあまりいいイメージが連想されないもんで。