軽めの仕上がり (はてな編)

Curiosity is the most powerful thing you own.

仕事と食べ物は丸のみしないようにしましょう

 仕事がら電通の方とのコミュニケーションはあるのですが、電通と言えばつい最近、こちらの過大請求などの不適切処理について話題になったばかりです。

business.nikkeibp.co.jp

 日本国内の報道は何となく弱含みでしたが、Financial Times では続報も続けるレベルで扱われています。

Japan’s Dentsu aims to tackle overcharging revelations

Dentsu: Japan’s master of the message

 そしてこのニュースです。

<電通新入社員>「過労自殺」労基署認定…残業月105時間 (毎日新聞) - Yahoo!ニュース

 若くしてこのような形で人生を閉じることになってしまった被害者の方のご冥福をお祈りします。ご本人はもとより、ご両親の心痛を察するに言葉もありません。

 事件そのものについては既に多くのニュースや有象無象のブログで語られているので、ここで改めてこの痛ましい事故について邪推する事はしません。

 ただ、「残業が月105時間」というインパクトをきっかけに、改めて代理店とクライアントというものについて少し考えてみた事を書いておきたいと思います。

 

❖日本人はそもそも働き過ぎなのか?

 かつてWorkaholic (仕事中毒) と揶揄されていた日本人も、幾度かの不景気や構造転換、価値観の変化などに翻弄されながら労働時間は短い方が良い、というのが一般的な認識だと思います。こういう時に便利なOECDのデータを使って諸外国との比較を過去15年遡ってみました。

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 37カ国分のデータとOECD合算の計38サンプルでの時系列データ*1です。日本が埋もれて分かりにくくなるので赤で太線にしています。

 日本のひとりあたりの労働時間は2015年で1719時間。OECD加盟各国の中での比較で17番目。一番短いドイツは1371時間。全体としては2000年に対して平均で5%時間が短縮されています。時間に直すと年間95時間程度削減されている事になります。

 では日本の年間1719時間を日常的に噛み砕くとどうなるか。

  • 月に直すと約143.3時間の労働
  • 週に直すと約33.1時間の労働
  • 週休二日の場合は一日6.61時間の労働

 という感じになります。

 こうやって見ると、自分の労働時間が平均と比べてどんなものか、何となくイメージが出来るようになると思います。仕事が好きでたまらない、楽しくて時間も忘れてしまう、という状況にある人と、思い悩んだり壁に当たっている人では、まったく印象が違うかもしれませんが、データだけ俯瞰すると決して「働き過ぎ」という程では無いと言えるでしょう。

❖「何時に働いているか」と「何時間働いているか」は別の問題

 このようなデータを見渡してみると、月の残業が105時間という事態がどれだけ異常な状態かはハッキリしてきます。単純にこんな生活が一年続くと年間労働時間は2979時間に跳ね上がります。2015年の平均に対して1.73倍多く働いている事になります。仮にそれを週休二日で回しているとした場合、一日11.5時間になります。通勤やら仕事の為の予備動作を入れたら14~15時間くらいにはなりますね。これは気力体力とかの次元で片づけてはいけない状態でしょう。

 ここでお断りですが、私自身の労働時間については、こうした統計データに対しては明らかな外れ値です。ここ数ヶ月で平均しても週休二日とは言え14時間労働が続いています。それが良いことであるとはちっとも思っていません。 非常に不本意で美学に反するのですが、今は色々あって仕方が無い、と自分に言い聞かせています。

 もとより、管理職という立場ですので、時間より生産高の勝負という事で年間通じて自分でリズムを作る事を意識しているような感じです。

 今回は話がそれるので詳細は割愛しますが、ワークスタイルにはとても柔軟な会社なので、チームメンバーのメールの受信時間が3:00AMとかでも「すわ超深夜残業」みたいには驚きません。在宅勤務や海外とやり取りする業務の場合「何時に仕事しているか」はあまり問題ではなく、本人が働ける時、働くべき時間に稼働して、アウトプットしてくれればよい、という割り切りでチームを見ています。

 もちろん、明らかに日本時間のその時間に社屋に残っている事が想定されている場合や、積上げていくととんでもない長時間労働である事が明らかな場合はその限りではありません。

 要するに、仕事とは自分でマネージするものである、という大前提があるという事です。だからマネージャとして見ているのは時間という量では無く、あくまで成果や進め方の巧拙である、という点です。 

❖きわめて日本的なもの、なのか

 その意味で言うと、新卒一年目の社員にそういった仕事のこなし方を教育もメンターもなく期待するのは誤りですし、業務の差配、労働衛生の監督という成果物以前の当たり前の部分があまりにも杜撰だったという指摘は免れ得ないでしょう。そこが冒頭の「不適切な」とも連環するなと思うのです。

 日本の広告代理店の特徴として「持ち帰って検討させて頂きます」があると思います。これにクライアント側も甘えている訳ですが、この「持ち帰る」時点で色々な意味でのボタンの掛け違いが始まっていると言えるでしょう。

 「持ち帰らないと答えが出ない」という事は例えば、

  1. 想定外の事を頼まれてしまった
  2. 当該業務とは関係ないはずなんだけど、色々と損得勘定が必要だから即答不可能
  3. 何を言われているのかそもそも理解できていない
  4. 稼働時間で最終的に請求するので、何でも持ち帰った方が利益になる

といった事が根底にあるような気がするのです。( ※クライアントにリテインされていて、包括的に請け負っている場合は事情は変わります。) 

 特に4つめのあたりが売上原価に対する意識の甘さというか、人件費で損しても製作費と媒体費でオフセット出来ればOKという「損して得取れ」な構造が根強いのか、なんかそのあたりに深い根があると感じています。

 今の時代に求められるマーケティング活動は、労働集約的な要素がふた昔前くらいと比べてとても高くなっていますので、そういった「まるっと取って来て後は総力で飲み込む」ようなスタイルで業務を回している事が常態化しているのではないかな、と85%のくらいの確信で言えます。( 証明できませんけどね。)

 この推測が当たっている場合、電通博報堂クラスであれば耐えられているかもしれませんが、労働需給のミスマッチが慢性化すると中小の代理店は厳しいことになるだろうな、と。

  この点は流通業の合従連衡とも似た構図な気がしています。例えばコンビニの吸収合併とか、居酒屋のバイト不足とかです。

 

❖これからのクライアントと代理店の関係

 言うまでも無いですが、広告代理店というのはサービス業です。その意味においては当面、業界そのものが消滅する事は無いでしょうけれど、もう「そろばんずく」のような時代には戻らないので、あり方を替えないと厳しいんじゃないでしょうか、というのが普段から広告代理店の方と接していて思います。

 って訳知り顔で語るだけだと物足りないので、三つばかり私案を提示して締めくくっときます。

  1. レートカード方式
     グローバルな代理店ではよくありますが、業務として請け負う事を明確に契約して、追加分については作業単価分ずつ加算していく電車賃みたいな方式。これのいいところは、仕組上、クライアントも無理筋通したりすると身銭を切ることになるので労働集約化しがちな部分をある程度制御する事が可能です。
     デメリットは、機動力や柔軟性が欠けるので業種や要件によってはフィットしない場合があります。
  2. 人材派遣業化する
     日本は世界でも有数の人材派遣業が多い国ですが、ここは敢えて、「マーケティング関連業務の人員を派遣する」とモデルを置きかえてみる。結局、クライアントが欲しいのはある分野の専門性か、アウトソースしたい業務、という事になりますので、割り切ってしまえばこういう形も可能。通訳さんとかと同じ世界です。メリットは、一度入り込めると安定的に収益を作り出しやすい事が期待できる反面、代理店側にナレッジを貯める事が困難になるので、長期的に見てどうやって人材を育成するかという課題が出るかもしれない。あと、そもそも派遣業法的に見て成立するかどうか検証してないので、そのあたりがネックかも。
     クライアント側からすると、能力ある人を買う感じになるので、なぜマーケティング部門の社員がいるのに更に人雇ってるの? という事になりかねません。代理店の提供するものが、「手間」や「作業」の代行からそれらを処理できる「人」という資源を提供する事でそういう疑問が浮かんでくるんじゃないかな、と。
  3. ハウスエージェンシー化する
     2と似たような案です。デジタル広告領域においては、その複雑性と収益への直接的なインパクト、スピードの追求などからトレーディングデスクの内製化が一部の大企業では一般化しつつあります。元々大企業が、特定の業務領域を別会社化する方法は、旅行や事務作業、情報システムなどで見られる手法ですが、これと同じです。コンサル会社がマーケティング会社を買収したり資本参加している流れは2の部分ですが、この3の場合は大型クライアントと共同で会社を設立するような形で現れてきます。グローバルエージェンシーではしばしば見かけるパターンです。メリットとしては年単位でクライアントと向きあえる安定感が期待できますが、クライアント側の要求を満たす人員確保や業務プロセスの安定稼働など、動き出してからが色々と大変なんだよね、というのを経験的に感じています。

 色々と考え巡らせてみましたが、会社全体としても個人としても「丸のみ」しちゃだめだよな、と。
 よく噛んで、食べられなければ吐き出してもいいと思ってます。結局、仕事で大事な事って期待値のコントロールが結構な割合を占めている事も多くて、そこが知らない間にずれてしまうようなシステムやマネジメントをなるべく無くさないといけない。
 何かあった時に「あれってどこの案件なんだっけ?」という事もになりかねない訳だから、代理店だけの問題では無くて、クライアントも含めて考えないと行けないよな、と思う。

*1:OECD Statsより筆者作成