自動車(および業界)が好きなので、先日のフォード新CEO就任のニュースに事寄せて、Fordが自動車業界でもう一つスカっと抜けきれない要因を中心に思う所をまとめておきたいと思う。
[1]FordのCEOが更迭された要因
<英語>
Ford replaces CEO Mark Fields in push to transform business
Ford Ousts CEO Fields According to Reports | CMO Strategy - AdAge
<日本語>
米フォード、ハケット氏をCEOに指名-フィールズ氏から交代 - Bloomberg
色々と報道が出ているのでざっと目を通した上で、今回のCEO更迭から連想したポイントについて大まかに3つの要因にまとめられる。
- フィールズCEO在任中の3年間で株価が37%下落
- 電気自動車や自動運転というメガトレンド対応の進捗が芳しくない
- 意思決定のスピードを上げる必要性
この3つの要因はそれぞれに異なる視点が含まれていると考えられる。具体的には、投資家向け、自動車ユーザ向け、社内向けである。これを順番に見ていく。
■投資家向け : 1番目の株価が37%下落の話
まさに投資家向けの話。そして3年で37%下落という点は投資家が受け入れがたいのと同様に、説明責任を担うボードメンバーの総意としても看過できない水準であったという事だ。
これは株式会社として上場している以上は避けられない判断。逆に、消費者ないし現フォードユーザにとってはイメージの低下はあると思うが、株価連動型の自動車ローン等がある訳ではない(と思う)ので、「ユーザであり株式投資もしているフォード好き」な人でもない限りはあまり直接的、短期的な影響は少ない部分である。
■自動車ユーザ向け : 2番目のメガトレンド対応
自動車が移動の道具からライフスタイルのシンボルに進化したのが20世紀くらいまでのトレンドだとすると、コネクティッドというのが21世紀の自動車における大事な概念の一つだと考えている。*1
コネクティッドの文脈で自動車を捉えた場合に絞って話を進めるが、車がデバイスあるいはセンサーとして機能するようになり、人、車、社会がシームレスにつながっていくのがコネクティッドのイメージだ。こういった社会の変化に対する方向感を打ち出していくことが消費者に対するアピール、あるいは業界専門家を味方につけて世論形成していくうえで重要だが、ここが足りなかったという点。
この部分についてもう少し掘り下げる。
これまで道路とそこを走る車の関係というのは、公共における密室の集合体だったと言える。やや概念的に記述すると「物理的に密室というだけでなく、公共の場に私人の空間がパッケージされた状態で、それらが個々の目的に応じて動いている結果として成立している公共の空間」と考えられるだろう。道路は公共だが車内は密室だから私的な空間となり、故に人は遠慮なく歌い、他人の運転マナーに悪態をついたり、ものを食べたり、たばこを吸ったり、と自由に振る舞うことが出来る。
これがコネクティッドカーの世界になると、そういったプライベートな空間が無くなるわけではもちろんないが、密室における個人の行為が第三者の行為に活用されるケースが出てくる点がこれまでと大きく違う。
プライバシーの観点から実際にやるかどうかは別として、単に技術だけで考えれば「ドライブ中に口ずさんでいる曲」をリアルに把握することは可能だろう。例えば夏のR134で最も聞かれている曲、秋の青山通りで好まれている曲、夜の首都高速で聞かれている曲、など音楽が楽しまれているリアルな状態がデータとして共有される。このデータは楽曲の売り手や音楽を媒介にしてビジネスをしているクラスタ(例 : ラジオ局) にとって貴重なデータになるだろう。従来のCD出荷量やダウンロード数、カラオケで歌われている、といった指標で示される「売れ筋」とは別次元で「ある状態でもっとも消費されている曲」という新しい情報をもたらしてくれるからだ。
この音楽の例をフォードの話に当てはめると、例えば「車の中でiponeをつないで音楽が聞けますよ」というのは自動車ユーザに対する機能的便益の提供として悪い話ではない。ただ、その行為から別の付加価値をユーザ向け、或は自社の収益源として新しく生み出していくような展望が足りない事が投資家の不安につながり、経営陣の焦りにつながったのではなかろうかと。雑な言い方をするとトレンドの模倣は出来るが新しい局面を切り開くような技術的進化が不足していた点はあるだろう。
実際、Fordの資本が抜けた後のVolvoが生き生きとしているように見えるのもあながち気のせいではないと思う。安全性を売りにするVolvoからは以下のようなものが提示されている。
ビデオを見てもらえば一目瞭然だが、先行しているあるVolvo車が検知した路上のリスクを他のVolvo車に共有する事で、リスクを軽減するという発想だ。
こうした技術の使い方は、ユーザーはもちろん、自動車保険会社にとっても機会を提供するだろう。すそ野が広い自動車産業では、適切なアイデアは産業全体にプラスの波及効果をもたらす事があるが、その一例だと言える。
なお、こういった自動車業界に関するメガトレンドをコンサル屋さんのローランド・ベルガーがMADEという語呂合わせで上手にまとめた風の記事を寄稿しているので興味のある方はそちらも参照されたい。
■社内向け : 3番目の「意思決定のスピードをあげる」
これの向かう先は明確で、社内改革を意図していると考えられる。2番目で言及した自動車業界にとって新しいテクノロジーを取り込むことで時代に即したポジションを引き続き確保していくには、今まで以上のスピード感が必要になる。
なぜなら従来型の製造業というよりはIT企業の作法を学ぶ必要があるからだ。そのあたりを期待してスマート・モビリティ部門を率い、かつては別会社で経営再建を果たした実績のあるジム・ハケット氏の登板になったというのが衆目の一致するところで、確かに説得力もある。
記事の中でも、ハケット氏が持つシリコンバレーとの深いパイプに期待を寄せる発言が会長からもなされている。
「ハケット氏の起用で官僚的な組織や強すぎるヒエラルキーを打破したい。企業文化を変え、意思決定のスピードを上げたい」。フォード会長は交代理由をこう解説した。
また
「我々中西部のメーカーとシリコンバレーの文化には隔たりがある。ハケット氏がそれをつないでくれる」とフォード会長は期待を隠さない。
といったあたりからも読み取れる。
そして中西部の伝統的な製造業にとって、シリコンバレーの意思決定の速さはIT業界が根源的に内包している「ベストエフォート」という体質。つまり、失敗がある事を前提に気が付いたら直せばよい、というカルチャーに根差していると筆者は考えている。
これは部品点数が3万点にも及ぶ完成された機械、内燃機関というある意味でとても危険な動力源を制御する事で発展してきた自動車産業が連綿と磨き上げてきた「設計したとおりに施工して、意図したとおりに正しく動いて、曲がって、止まる」という当たり前の原則に忠実である自動車産業とは異なるものの考え方である(ここではいわゆるアメ車の品質問題などは考えないものとして)。
パソコンやサーバが暴走しても人は死なないが、車は暴走したら死人が出る。同じ機械というカテゴリではあるけれど「制御」というものに対する考え方が根本的に違うので、このあたりの馴染ませ方がハケット氏のリーダーシップにより上手く進めば、これからのフォードは面白いかもしれない。
[2]ついでにデータで見てみる
更迭の要因がフォードにつきつけている課題を3つの視点で整理してみたが、ここでフォード社が置かれている状況を客観視する意味で、簡単にデータもおさらいしておくことにする。
■株価下落
1の株価の推移については事実として下図の通り。確かに低下傾向。
このBloombuergのグラフの見出しも"Fields's Rocky Ride" (日本語で意訳すると、「フィールズのフラフラコースター」みたいな感じか)なんてずいぶんな言われよう。
(Source:Bloomberg https://assets.bwbx.io/images/users/iqjWHBFdfxIU/ihDtoNvCNoMU/v2/-1x-1.png )
株価や業績というのは前任者の結果(成果も負債も)がしばらく影響する事もあると考えるので、在任期間中だけではなく、もう少し過去からの数字も含めて推移を見た方がフェアだろうという観点で作り直したのが以下のグラフだ。
儲けの尺度としてOperating Cash Flow (営業活動によるキャッシュフロー) をプロットして(棒グラフ)、各年度の株価の高値(青い折れ線)と安値(オレンジの折れ線)を2007年からの時系列でプロットした。
こうして見ると、マーク・フィールズCEO時代の3年間(2014-2016)は株価で言えば安値よりも高値の落ち幅が大きい事が読み取れる。実際、前CEOの期間である2013年の株価と比べると、高値は-22%下がっているの対して、安値は-9%に止まっているので、「市場が期待を持つ」ような株価を押し上げる材料に乏しかった点がこの37%低下というパフォーマンスの一因として指摘できるだろう。
その意味では、前任者のスピルオーバーが効いていたともいえる2014年のOperating Cash Flows に比べて、2015年のそれが-21%というのは痛かった。
■時価総額でテスラに抜かれた件
トランプ大統領(当時候補)の方針に右往左往した事などもやや否定的に論じられているが、すそ野が広い自動車産業としては無視出来ない訳でここは不運だったと思う。
それ以上に重大なのは自動車メーカー(=事業者)として産業のメガトレンドにしっかり乗り切れてなかった点だろう。つまり上記要約の2番目である「電気自動車、自動運転コネクティッドといったメガトレンドへの対応でプレゼンスが発揮されなかった」点である。
それが証拠に時価総額でテスラに追い抜かされてしまった訳てだが、ここは注意が必要。時価総額の背比べをすると2017年5月30日時点でアメリカのBig 3 (Ford, GM, FCAU) はいずれもテスラに追い抜かされているので、これはFordに固有の問題では無く、アメリカの自動車会社に共通の問題と言える。
もっとも、市場(投資家)の期待を一身に集めているテスラにしても、電気自動車に特化している宿命とはいえ、米国国内のマーケットシェアは2016年末で0.23%、対するFord は14.6%と差は依然として大きい。
ランチェスター戦略的に言えば、テスラは拠点目標値の2.8%にもまだ遠い状態で、普通に考えればまだ競合と認識されるレベルにも到達していない。それでも時価総額で伝統的な自動車会社を抜き去ってしまう訳だからいかに市場が電気自動車に寄せる期待が大きいか、と言える。
一方のFordも弱者企業同士が拮抗する競争状態となる場合に見られる19.3%の上位目標値に届いていない。GMが17%、FCAUが13%、トヨタが14%なので、このあたりがしのぎを削っている状態だ。
[3]一度陥落したら二度と戻れないものなのか?
ここで話題を変える。
Ford と言えば、NYSEでTicker はFの一文字。伝統ある企業の一角を占める存在でもある訳だが、マーケティングを学んだ人が必ず目にするT型フォードの成功で自動車の大衆化を先導した優れた経営センスを持った会社でもある。
ご存じない方の為に、どんな話かを箇条書きで説明しておくと、
- 20世紀に入り、移動の道具としての馬車は蒸気自動車に変わりつつあった
- しかし蒸気自動車は操作性、騒音等で内燃機関を積んだ自動車に劣っていた。
- 1908年にフォードが量産化に成功したT型フォード (Ford Model T, Tin Lizzieという愛称もある) は、より安価、簡単な操作、頑丈という点で一世を風靡した。
- 1927年まで基本的なモデルチェンジも無く1500万台以上販売された。
- モータリゼーションを象徴する存在となり、産業、労働、国土交通網のインフラ改修など多方面に影響を与えた。
- この大量生産による効果は、製造業における「累積経験量」の差が企業の競争力に大きく寄与する事を証明した。
- 一方でフォード社はこの大量生産を洗練させる事に注力し、自らの手によって果たした自動車の大衆化がもたらす時代と環境の変化に乗り遅れてもいる。この点は「過剰適合」の例、あるいは「イノベーションのジレンマ」の例と言える。
- 時代の要請として、単なる工業製品からファッションやライフスタイルといった文脈が自動車においても重視されるようになった。
- デュポン社の資本が入っているGMはカラーバリエーションという「楽しさ」を新たな付加価値として提示するなどしてフォードのお株を奪う事に成功した。
- 以後、フォードはGMからシェアを取り戻し、一位の座に返り咲けていない。
という話。
実際、フォードとGMのシェアを時系列で並べたのが次のグラフ。
・赤線がGM、青線がフォードで左軸。(単位は百万)
・背後の棒グラフはアメリカの自動車の出荷台数で右軸。
・1963年から2016年までの約半世紀(53年)を並べてみた。
2016年の出荷台数が1960年代と同じ水準というのを見るとアメリカも車が売れない点は日本と同じなのかと感じてしまうが、それにつけてもフォードはGMを超えらないまま年月を重ねている事が明らかだ。
2008年のリーマンショック後の数字を見ると、その両者が共に販売台数を低下させながら均衡しつつある所に時代の変化が現れているともいえる。
前述の円グラフで見た通り、テスラがこういったグラフで存在感を発揮するにはまだ至らないが、旧来の自動車が売れにくくなってきている事実を前にして、何を消費者にオファーするべきなのかという点でテスラは高く評価されているのであり、フォードに欠けているのはまさにその点だと考えられる。
[5]無理やりまとめると
今回はFordの業績を中心に頭の整理のつもりで思う所を書き出してみた。これ以外に言及していないものとして、自動車業界には「創業家の呪縛」みたいなものがあると感じている。禍々しい表現で全く科学的な臭いがしないので、稿を改めて気軽に吹いてみたいと思っている。
さて本稿で言いたかったことを乱暴にまとめると。
- Ford は歴史的に見て時代の変化に適応するのが苦手なのではないか?
- GMの後塵を拝して久しいが、そのGMも含めて米国の自動車会社は右下がり
- 市場シェア1%未満の企業が時価総額で上位企業を上回る事態が変化のうねりの強さを物語っている
- 企業文化の融合(中西部とシリコンバレー) と、メガトレンドのフォローでは無くて、そこから新たな価値を創造できれば伸びるはず
といったところ。
産業の変革期にブレーキではなくてアクセルを踏んだのが今回のCEO交代のように見えるので、次にアメ車を買う予定は今のところありませんが、自動車好きとして見守りたいと思う次第。
[6]最後に車好きとしてアメ車に関する蛇足
筆者はかつてアメ車 (GM のシボレーブレーザー)に乗っていたことがある。今まで車は5台乗り継いできたが、その中で一番壊れたし、もっとも金食い虫だった。
夏に壊れるエアコン、4WD機能が10秒でリセットされる、シートのリクライニングのつまみが潰れてしい椅子が直角のまま動かなくなる、といった故障を経験した。どれも安全性、快適性といった点で無視できない故障であり、その品質を呪ったものだ。
一方で4.3LのV6 OHVのドコドコした感じと、後から追いかけてくる独特のパンチのある加速感、必要以上に頑丈で威圧感のある風貌はアメ車ならではの楽しさでもあった。街中だと4-5km/Lという最悪の燃費を耐えられる覚悟があれば、それはそれで憎めないキャラクターだったと思う。40過ぎた分別盛りの大人になって改めて選ぶかと問われれば「そこまでアメ車に入れあげるつもりはありません」となるが、若くて未熟な時代に経験しておいて良かったな、とは思う。今でも街中でハマーを転がしている人を見ると何となく懐かしい気分になります。
車づくりにはその国の文化や風土が現われると思うので、アメ車にはこれからも「得意なコーナーはストレートです」と言い切るぐらいの大味さを失わずにいてほしいと思っています。
*1:他には自動運転、電気自動車があげられる