軽めの仕上がり (はてな編)

Curiosity is the most powerful thing you own.

読書メモ: メルセデスベンツ「最高の顧客体験」の届け方

 最近は時間に余裕があるので溜まった本を年初の計画に従いつつ読み倒している。私の読書スタイル自体はこちらのコラムで紹介しているのでご関心のある向きはどうぞ。

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 こうして選んだ本のうち、「大事!」フラグが脳内に立ったものについては読書メモをOne Noteに(なるべく)残すことを習慣づけています。せっかくなので、公開してもよさげなものについてはこちらにもボチボチ転載するようにした。(今年から) 

1.読んだ本と背景

メルセデスベンツ「最高の顧客体験」の届け方
ジョゼフ・ミケーリ (著), 月沢 李歌子 (翻訳) 日本実業出版社 (2017/1/28)

 最近のマーケティング界隈は、世の中の情報格差がなくなり、バイアスは加速し、コントロールが効かなくなっている事もあってか、Customer Centric (顧客中心)が改めて重視されているように感じます。そんな中で、日本においては「おっさんと成金の象徴」みたいだったメルセデスがスルスルとポジションをチェンジして健闘しているのを見て、メルセデスを買ったことが無いという意味では無垢の状態で同社の躍進の秘訣をこの本から学んでみた次第。 

2.置かれていた環境

・高い顧客満足度を獲得するきっかけとして、製品として高い評価を獲得しているものの、370以上の独立系販売店に対する影響力は限られており、事実、そこでの顧客体験に対する評価は最高レベルとは程遠かった。
・製品の高い評価とはすなわち技術、安全性、イノベーション。お客様が求めているのは世界最高の信頼性と顧客体験である点に対する自覚が足りなかった。そうした中で、レクサスの接客品質の高さが脅威となって現れた。

目指す方向性は「最高の顧客体験を届け、顧客を感情の絆でつなぎとめること」である。

3.初期段階の取組み

・大きな目標に対する大まかなステップ

  1. 目標の設定→ビジョンを示しロードマップを描く
  2. 約束を徹底したアクションにつなげる
  3. すべてのタッチポイントで最高を目指す
  4. 顧客の声を最強の変革ツールにする
  5. 顧客の期待を超えるチームを作る→ブランドを体現する人づくり
  6. プロセスと技術も顧客の視点で改善する
  7. 一時的な成功よりも持続的な成長が大切


・自社顧客が普段利用している他のブランドが提供していることから学ぶ。メルセデスであれば高級品市場が該当する。また世界最高と一般的に評されるブランドからも学ぶ。ここではディズニーがいかにキャストを採用し、研修し、権限移譲しているかについて等。
※この権限移譲はとても重要。

 

・改革の工程におけるステップとして以下のように組み立てる。

  1. 現在地の確認
    積極的な傾聴によるレベルセットをしていく
  2. 成功の形を決めて行程を描く
    SWOT分析により自社に適した方向性を導き出す
  3. 切迫感と一体感の醸成
    野心的な変革であるほどリーダーの意見を一致させる。オフサイトミーティングなどにより「変革の必要性と共通のゴール」への切迫感と一体感を醸成する

・従業員にビジョンを伝えることと賛同を得ることを混同しない
 リーダーが最高の顧客体験を提供する重要性を語り、改革を実践する従業員がそのビジョンに共感する必要がある。※決めるのがリーダー、具体化するのがスタッフ、という事。ここでNIHシンドロームが発生しないようにする事がとても大事。


・個人、チーム、リーダーそれぞれがコミットする事。

 鍵はLEAD : Listen, Emphasize, Add value and Delightでまとめられる。改革を推進する人々が連携するように働きかけるのがリーダーの仕事。

・タッチポイントとなる従業員への研修では、最高の経験を届けるために個人的、組織的に乗り越えるべき壁をとにかく吐き出してもらう。
 これを「何が妨げになっているか (What's Holding You Break / WHYB )」と名付けて洗い出す事で、アクションプランの妥当性を高めた。

4.実行段階

●組織化

・最大の課題は組織内の各部署をどのように参画させるかである。 → そこには信頼が必要。なぜなら信頼が成功に向けて努力を続ける礎となるから。

・組織的には以下のようにした

  1. マーケティングVPの下に顧客体験担当チームを設置。社員全員に説明する役割を担う。
  2. CCO ( Chief Customer Experience Officer) を任命し、顧客視点で業務や戦略を分析する役割を担う。こうした体制づくりは、成功している企業から学ぶ事が肝要。また、「促進させるチーム」を大規模にするとそのチームだけが改善を担当しているような認識を引き起こすのでチームは出来るだけ小さく、適切な人材を選ぶ。
  3. これらの活動をリードするチームは、「戦略策定と立案」と「お客様の評価・インサイト」の2グループに分けた。評価とインサイトのチームが定量あるいは定性的に顧客視点での自分ちの取組の見え方を伝え(=何がもっとも不満か、など)、戦略と立案チームがそれをもとにカスタマージャーニーを総括的に理解する。その後、自らのカスタマージャーニーに対して各部門がやるべき仕事を明確にして、それをサポートする。

●メルセデスの戦略と立案
「すべてのお客様に最高の体験を届ける」という目的とミッション。それに対するKPIとして以下。

  1. 自動車業界で最も高く評価される
  2. 顧客ロイヤリティを最大化させる
  3. 高級車市場で売上首位を獲得する
  4. ダイムラーAGの販売拠点の中でもっとも収益率を高くする
  5. 従業員のエンゲージメントを毎年改善していく

カスタマージャーニーマップ
 すべてのタッチポイントを洗い出すことから始まる。マッピングは、プロセス、障害、時間枠、収益性を一つにまとめるようにする。ポイントは「思いつきでサービスを開発するような時間の無駄と非効率を排除すること。また、より高い視点からサービスをマネジメントする事」それらを前提として、以下の点に留意する。

  • 顧客がどのようなた意見をするかを体系的に理解する
  • 顧客が重視する価値の高いタッチポイントの明確化
  • サービスの切れ目、障害、顧客が直面する問題の把握
  • 満足度の水準と体験に伴う感情の理解
  • それぞれのタッチポイントに関係するプロセス、部署、システムの顕在化
  • カスタマージャーニーを強化する機会の明確化

 マップは正しくあるべきだが情報量が多すぎると機能しない簡略化しないと人は理解できない事を知る。その意味で視覚化は重要。→ Infographicなども取り込むべき。

 

●外部の調査から学ぶこと

 KPIの設定にあたっては、外部の調査機関が発行する評価指標も参考になるが、ある時点での評価を切り取っている場合があるので、「次に店舗を訪れる顧客に対する示唆」を得ることは難しい。*1

業界で定評のある)JD Power 社のセールス満足度指数から得られるもの

  1. なぜその販売店を訪れ、そこで買うのか
  2. モデルを決める要素
  3. その販売店で買わない理由
  4. 購入プロセスに顧客がかける時間
  5. 購入に従業員が及ぼす影響
  6. どのように納車されたか
  7. 次の機会にも利用しようと思うか? 他の人に推奨するか? (NPS)

同じく顧客サービス指数から得られるもの

  1. サービスの開始時( 入庫予約など)
  2. サービスのアドバイス ( 礼儀正しさ、説明内容など)
  3. 設備 (快適性、駐車の容易さ、アメニティなど)
  4. 引き渡し(所要時間、料金、利便性など)
  5. サービスの質 (仕上がり、期間、予後の状態)

これらの外部機関の調査内容を参考にしつつ、カスタマージャーニーを設計し、自社の業績指標に合わせたトラッキングの仕組みを構築する事が必要。

5.チーム作り

・人は自分事として捉えたときに初めて責任をもって動く
評価項目を利益に関連付け、個人の評価(報酬含めて)にも結びつくようにする。
 (理念だけでは人は動かないという例)
・メルセデスの場合はチャネルコンフリクトを回避するために、販売手数料の相当な部
 分を顧客対応や顧客体験の評価に結び付けた。
・優秀な販売店の代表者委員会を活用し、「一緒に作る」という考え方をこうした業績
 と報酬の枠組みに対する理解を求めた。
・人、プロセス、企業文化、情熱が改革の必要条件
・従業員が能力を発揮する企業は競争優位に立つ事が他企業の例から学べる。
 例えば、ザッポス、スターバックス、リッツカールトンの例など。
・スタート地点は従業員が自社の製品やサービスに対して情熱を持って語れる事。
・従業員のエンゲージメントは顧客体験に直結するので以下のモデルが導入された。
・Individual, Manager, Customer and Organization の4つの側面で評価される

★IMCOモデル

  • Individual
    自分の仕事に影響力があると感じる
    仕事とプライベートのバランスが取れている
    日々の課題に当事者意識を持って取り組んでいる
  • Manager
    (部下は)仕事が適切にアサインされ、マネージされ、公正だと感じている
    (部下は)マネジメントによって刺激を受けている
    (部下は)マネジメントされることに感謝している
  • Customer
    販売店が顧客に価値を作り出していると考えている
    販売店のリーダーが顧客中心の意思決定をしていると思う
    販売店は顧客のためになる事をする権限を与えられている
  • Organization
    リーダーのビジョンや戦略を信頼している
    リーダーたちは明確なコミュニケーションをしている
    販売店の成功とのつながりを感じる

失敗を認める事で改革は前進する。 → これは重要。Fail fast, Learn a lot 的。
・リーダーの信条として大切な事

  1. 説得力のあるビジョンを示す
  2. 話すよりも聞く
  3. 1000の質問をする
  4. 非常識なほど高い基準を設定する
  5. 姿を見せる。見せなければ誰もついてこない
  6. 企業文化は戦略を朝食にする ( これは翻訳が分からない P187)
  7. 人にはやさしくしよう
  8. 部下はすべてを見ている。言動を一致させる
  9. 最も良いフィードバックは速いフィードバックである
  10. 他者の尊厳を傷つけない
  11. 集中できなければ参加しない
  12. コップの水はいつも半分残っている

・プロセスや技術も顧客視点で見直す。プロセスは単に過程をまとめるという意味ではなく、その過程ひとつが消費者にとってどんな意味を持つのかを常に思いめぐらすような態度。

・これからの顧客層であるミレニアルズは、透明性があり、テクノロジを駆使した交換条件の無い買い物を求めている。これが満たされていないと苛立ちを感じる。
・最近のトレンドとして、情報の増加と商品の売り込みは求められていない。店舗に来るのは情報を体験に変えたいだけである。

👆これは至言。情報探索、パーセプションづくりは来店前に済んでいるので、店舗で改めて過去の行動を遡り、かつ自身の体験と異なる誘導がなされるとそこには不快感しか生まれない。(そういう経験あるね) 。よって、店員は来訪者の情報レベルとパーセプションを理解して、それを体験に置き換える支援をする事から始めなければならない。

・顧客対応の遅れの多くは従業員が処罰を恐れて問題を解決できないからである。時間は行為を正当化し、非難を避けるために費やされる。その結果、社内には不信感が広がり、他部署は責任が無いか、無関係であるかのような態度をとるようになる。

6.学び取りや考察

・日本においては垂直流通モデルの代表例である自動車業界だが、アメリカでは独立系販売店の影響が大きいという構造的な違いがある。それ故に広い国土をカバーする販売網を作り上げられる反面、エンドユーザである顧客のブランド経験に対してはブランド側のコントロールは不十分であったところがスタート地点。そう考えると、日本のさまざまな業種における多段階流通に当てはめても援用可能な事が多くあったと思う。

・こういった直間の問題こそチャネルコンフリクトのど真ん中だが、その課題をいかに乗り越えるかのステップがリアリティをもって記述されている点に学びが多い。Direct to Consumerの動きが顕著な最近のトレンドにも合っており、また社内改革としてものごとをドライブするうえで有益なヒントも得られた。改善していくプロセスや従業員の巻き込み方、リーダーの責任などはどの会社でも応用可能。

 [おまけ] 2016年の販売台数で各社と比較してみる

 せっかくなので、日本の外車販売のデータを用いてメルセデスがどんな感じなのかを簡単に調べてみたので、おまけで載せておく。

・店舗と人員と販売台数の関係

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👆X軸にディーラー数、Y軸に従業員数(Webや会社案内で確認できたブランドのみで、従業員数についての精度は低いと思います)、バブルの大きさが販売台数。
 1位のメルセデスとBMW, Audiのドイツ御三家は販売の基礎体力的な部分ではほぼ差が無いが、結果としての販売台数でみると違いが出る。4位のAudiに対してメルセデスは2.4倍の販売力がある事になる。
 台数ベースで3位のVWは御三家より店舗網が多く販売員は少ない。相対的に多店舗で面を取って数を稼ぐ戦術にもなっている。ヤナセの遺産か、DUOの名残りかよくわかりません。台数2位のBMWはメルセデスの模倣化というか同質化戦略を取っていると解釈できそうな。

店舗あたりの販売力

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👆こちらのグラフは店舗当たりの販売台数でみた場合。※従業員数を端折れるので店舗数は各社のWebでカウントしているのでほぼ正確。
 先のグラフの通り、店舗数でみればVWのカバレージが頭一つ抜けていますが、折れ線の販売力の高さではメルセデスが際立ちます。個々の営業員の優秀さという部分はありましょうが、素直にみればメルセデスのブランド力の一端が伺えるというものです。
 そして見逃せないのはポルシェのブランド力。1店舗あたり157台というのはAudiを超えています。店舗数がわずかに44店舗と他のドイツ大手に対して1/4程度である事を考慮するとポルシェブランド侮るべからずです。

 

 最後に買う車はポルシェと勝手に決めている私ですが、今のAudiは乗り継がれるのか、はたまた最近、マインドシェアが上がっているVolvoに気がいってしまうのか、各社の取組み状況なども見ながら悶々としたいと思います。

*1:これはマーケティングで重要な再現性という視点がこれら調査委会社のサーベイでは欠落している点が考えられる。ただし他社との比較などにおいては有用なので、使い方の問題である。